生きた日本語という去年使った教科書に色々な面接のような細かい話が入っています。DVDの音声の書き取りもあるし、とっても便利な勉強方法らしいです。この教科書を初めて使った時は難しかったけど、帰国してから読んでみたら簡単に感じます。だから、今はDVDを見ながら書き取りを読むつもりで、自分のことを書く事にしました。つまらない読み物ですけど、読んでみてくれませんか。日本語を間違っていたらコメントを書いてね。よろしくお願いします。
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僕は五人家族です。メリーランド州のハンティングタウンという町に四人でくらしています。四人の構成は、僕の両親、それから弟、と僕の四人です。それと、猫を二匹と犬もかってます。弟は今年十九歳になったので、家をもう出って、メリーランドの別の大学に入りました。僕は四年間前、大学に入って始めて親元をはなれて住んでたのですが、夏休みや冬休みの間には実家に戻っていました。今学期が終わると卒業する予定なので、もうすぐ自分一人で生活をしようと思っています。
私の四人の家族についてはもう説明しましたが、まだ一人がいます。父方の祖父がメリーランドのアナポリス市に住んでおり、一ヶ月に一回ぐらい訪問しています。母方の伯父には二人と伯母もいますが、バージニアに住んでるから、残念なことに最近ではあまり会っていません。
六十年前のアメリカで一般的な家族と言われていたのは父親と母親、そして子供が二人の四人家族というニュークリアーファミリーの事です(日本語で核家族だそうです)。しかし、現在社会では色々な家族の形があります。核家族より人数の多い家族形態はめずらしくないですが、生活費が高いので子供がだんだん少なくなっています。同じ理由によって日本でも一般的な家族には子供が一人か、二人しかいないそうです。
僕の彼女は、大家族で肉親が八人です。その家は彼女の父と母、二人の兄そして彼女で五人ですが、それに上の兄が去年結婚したので、その奥さんとおいと、めいを加えて八人家族です。彼女のおいは十歳で、めいは八歳になり、すごく可愛いんです。今は彼女しかメリーランド州に住んでません。去年下の兄がグアムに帰ってしまって、働いてる上の兄が家族と住んでいます。ご両親は、今フィリピンに住んでいて、今年彼女と一緒に訪問しました。彼女の両親は彼女がグアムやフィリピンに住んでほしがっていますが、ずっと一緒に旅行したり、色んな所に連れていったりしてあげたいんです。
(この日記は2n2nさんとraindropさんとくのいちさんとQue_chanさんのおかげ です)
これは最後の大きな南山のレポートでした。南山大学の日本語のクラスと言うのは、何か書くような細かい宿題とか授業内の練習でした。授業中に話すのと単語や文法を習うことは一番大切な物だったと思います。漢字を学ぶこともあるけど、僕はあまり苦にならず、カードを作っていつもいつも時間があれば練習しました。やっぱり、好きになりましたね。
2008年9月、日本に初めて着きました。すぐ大学に行き、入学試験を受けて日本語の授業が決まりました。ある日、新しい友達と他のクラスを選んでいた時に先生がいらっしゃいました。「すみません、スティーブンズさんですね?」「ええ、私です。」「別の教室に行かないのですか。」「あのう、別の教室ならしょうがくきんをもらった学生しか行かないと思いましたけど。」「ええ、それはそうですね。」「あいにく、もらいませんでした、、、。」「いえいえ。おめでとうという意味です。早く行きなさい。」
へえ?!友達の中では僕しかもらわなくて、一人で行って詳しいことを知りました。信じられません。アメリカで「残念ながら、このしょうがくきんをきょうきゅうできません」と書いてある手紙が届いたのに、やはり間違えでした。この時から、お金には心配する必要が無くなりました。学期が終わりに、レポートがあり、下のを書きました。最後の作文なので、使っている日本語は四ヶ月の成果を出せるように書きました。
よろしく!
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JASSOへ、
JASSOのおかげで、日本にいるころはとても楽しかったです。奨学金を下さって、本当にありがとうございました。日本の生活で食べることや通学などに困った事なく、勉強の時間は長く取らせていただけました。それに週末とお休みの時に旅行をしたり、勉強の助けになる物を買ったり出来ました。そうして日本の習慣と生活と文化と言葉をよく習えました。アメリカのドルはだんだん安くなっているので、自分のアメリカのこうざを使ったら、絶対に大変でした。日本に今まで三ヶ月住んでいて、すごく勉強できてたくさん友達が出来て、本当に日本に来てよかったです。実は、帰りたくないです。
初めてJASSOの奨学金の事が分かった時、私は全然信じられませんでした。先生が説明なさってから、お間違えになったと思ったけれど、、、。色々な旅行が出来ました。例えば、初めて東京に行けて、文化を勉強しました。名古屋に比べて東京の方がもちろん込んでいます。名古屋より外国人が多いので、店で時々店員に日本語じゃなくて英語で話されました。そうして、名古屋べんはちょっと違うと思います。私は本当の名古屋べんはあまり使わなくてよく分からないけど、「ありがとう」のはつおんとかにアクセントは違います。京都市にも行けました。その方言の方がどうもち違いますが、私には問題がなかったです。京都でたくさん寺と神社を見に行って、その歴史を習う事はすごくいい経験でした。この奨学金をもらわなかったら、あの留学は絶対に無理でした。
電子辞書も買ってしまって、漢字を調べるためにとっても便利です。その辞書で習った漢字と単語は大切だから、私の日本語が上手になりました。私はだいたいまじめな人ですが、JASSOの奨学金はやる気にさせてくれて、南山大学でよく頑張りました。日本語の授業のせいせきは90%以上で、先生も私がとても上手になったとお思いになっています。すぐアメリカに帰りますけど、日本語が大好きなので、自分で勉強を続けるつもりです。南山大学と JASSOのおかげで、私のじゅんびは足りたと思います。卒業してから、また戻れるといいんですが。その時に、多分ジェットプログラムに入ります。
日本に来る前にこのような長い日本語のレポートを書けると思わなかったんです。でも、今なら私の出来る事に自信があります。どうもありがとうございました。
グレッグ・スティーブンズより
愚冷倶
どう思いますか。
(この日記はゆきんこさんのおかげ です)
日本の南山大学は、大きな日本語のプロジェクトが二つありました。一つ目は学期の前半で、二つ目はもう少し遅かった。学期前半のプロジェクトは三人で劇を書いて演技をします。かだいは「新しい文法と単語を使いなさい」でした。この劇の題名は「死ぬまでたたかう」です。話の内容はお巡りさんとお医者さんの戦隊チームと、忍者が、会話でたたかうというものでした。話し合いの結果、一巻ずつ作ることにしようと決まりました。僕は忍者で、二巻目を書きました。
よろしくお願いします。
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Police:ああ、お医者さん、こんにちは。
Doctor:こんにちはお巡りさん。元気ですか。
P:はい、元気です。*向こう側に歩く*
D:え?刺客の忍者はまだいませんね。
P:そうですね、、、待ってみましょう。
Ninja:こんにちは。いい天気ですね。
D:うん、でも明日は雨がふるかもしれません。
N:そうですね。あ、すみません。はじめまして、アササンです。
P:初めまして、警察です。どうぞよろしく。
D:医者です。よろしくお願いします。
P:この公園によく来ますか。
N:ええ、一週間に二回ぐらい来ます。
D:どうしてですか。子供がいますか。
N:いいえ、でも子供が好きだし、いつも仕事のためにここで待っています。
D:仕事?あなたは先生ですか。
N:先生と言うわけではありません。*ずるいみたい*
D:*警察にささやく* あの人はちょっと変ですね。
P:そうですね、、、。*まわりをみわたして、医者を軽くつつく* ところで遅いですね。まだ時間があるから、私はコーヒーを飲みたいです。
D:後で喫茶店に行きましょう。
N:ああ、見て、あそこで誕生日パーティがありますね。
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P:へえ、面白そうですねえ。たくさん子供が来ましたから。
N:感動していますね。じゃあ、行ってみましょうか。
D:はい、そうしましょう。見て、ケーキがあるかもしれません。
N:ケーキと言いましたか。本当ですか。それがほしいよ。
P:でも、そのケーキはその子供のですね。
N:大丈夫ですよ。空手を知っています。
D:ははは。朝くん、あなたはおかしいですね。朝くん?*忍者が姿を消した*
N:はい、ただいま、帰りました。これはケーキです。食べたらどうですか。
P:え?あなたは早いです。バニラのケーキなら、食べられます。
D:ありがとう。おなかがペコペコだから、頂きます。おいしそうです。
P:はい、おいしいですよ。
N:実は、色々なケーキが好きですけど、仕事はいつも忙しいし、友達はみんな死んだし、一年間に二回しか食べられないんだ。
D: *警察に向かって* 朝さんがケーキをくれるために行ったのを見ませんでした。
P:うん、僕もぜんぜん見ませんでした。へえ?!朝さんはケーキを三きれも食べましたけど、私達は一きれしか食べませんでした。
N:ごちそうさまでした。とてもうれしいよ。
P:さあ、お医者さん、あの人をまだ待っていますねえ。
N:え?あなた達もだれかに会うんですか。
D:そうですけど、彼はとても遅いから、なきた泣きたくなります。
N:おれはだれかをころしたいし、ここで待ちます。
P:うそ!あなたは、、、刺客の忍者で、アサシン!
N:その通りです。
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D:*忍者に向かって* かしこい人ですね。
P:今私達は本当のしめいをみいだしました。
N:え?二人は?
P:本当に知りませんか?
N:ちょっと待って、、、。 まさか!
D:本当です!私達は、、、。
P:あなたの敵、、、。
D:善人をいつも守る人達、、、。
二人で:スーパー・シビル・サーバント・チーム!
D:世界平和のために、あなたをやぶります!
P:私の名刺です。悩みがある時、連絡して下さい。
D:私も。忍者の名刺も下さい。
N:でも、あなたの敵です。
D:その通りです。でも、だれでも助かれます。
N:愚かなことばです。あなたを殺す。
P:それは違う!逮捕しちゃうぞ!
N:え?それはむりです。いつも勝つのは俺だってばよ!
D:かわいそうな人ですね。そこまで言うなら、、、。
All:死ぬまでたたかう!
終わり!動画も楽しんで下さい。ちょっと聞きにくくて、ごめんなさい。
2008年10月09日
(この日記はかいさんとmichelleさんのおかげ です)
今晩は!theOtakuで日本語が話せる人がいないの?ちょっと考えて、、、DaggerとAnime Pulseのいちごが日本にいると覚えてる。でも、まだ二人と日本語で話したことないので、ぺらぺらかどうかぜんぜん分からない。もしだれかこれが読めたら、れんらくしてね。
僕なら、、まあ、絶対にぺらぺら話せない。2006年8月に日本語を初めて勉強しました。アメリカのメリーランド州の大学で二年間授業を取った。日本語の先生が一人しかいらっしゃらなかったし、教科書(Japanese: The Spoken/Written Language)はちょっとめずらしかったし、クラスであまり話さなかったので、その後日本に行った時に他の二年間勉強した留学生より言葉が出来なかった。プレースメントテストを受けて、二番目のクラスに入ったけど、やっぱり他の学生は三番目に入りました。でも、日本で一所懸命勉強したり、話したりしたなど、ある日僕が先生に文句を説明している間に「三番目クラスの人以上に話せるよ」って言われました。まったくうれしくなかった。^_^
その中級の日本語が出来るようになった頃からもうすぐ9ヶ月が経つ。あいにく、日本語を使うチャンスがだんだん少なくなってしまった。二週間前に大学がまた始まったけど、日本人留学生や日本語が話せる人が非常に少ないと言われて、心配してる。
専攻は哲学と心理学でそれらの授業を取ってますが、日本に行く前に日本語のクラスはもう全部取りました。そして、帰ってから自分で勉強する必要がある事が分かりましたが、それはとても難しいです。今年の五月に別の大学で日本語のクラスの編入試験を受け、めんせつも書き取りもあってから教授によりますとクラスは絶対にやさしすぎるそうで、入っては行けないそうです。別のWashington DCのクラスを取るつもりだったが、この間辞めることにした。自分で勉強を続けてみようと思う。
南山大学で次のレベルの教科書(Japan Timesの中級の日本語という)を勉強しようと思うけど。今「生きた日本語」と言う教科書も使う事になりました。最後のメリーランドの日本語のクラスで使ったけど、その時はすごく難しかったですよ。しかし、教科書に中級の日本語が使われてるし、たくさん話が入っているし、同じ話のDVDもあるので、今これは丁度いいです。
日本で住んでいる時のようにいつも漢字のカードを復習します。今五百五十二枚あって、毎日見て、毎週新しいのを作るつもりです。だから、漢字は大丈夫だと思います。それにコンピューターであるプログラムと単語を練習しています。問題は書いたり話したりする事かもしれない。
だから、今日シャワーをあびる間にこのブロッグを作ることにした。ここで色んな日記を書きたいー例えば、日本の日本語の授業のプロジェクト、今週の日本語、「生きた日本語」の話、徹さん(ホーストお父さん)のつかのまブロッグ、など。だから間違えたらみんなが直してくれませんか。質問もして下さい。
じゃあ、楽しみに!
(この日記はえりかさんとTommyさんとくのいちさんとのげねこさんのおかげ です)